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聞くな、見ろ(報告されないデザインの失敗)

制作ゲーム コラム/エッセイ アナログゲーム

 自分がバンケットをデザインしていた時、自分は色々な人にプレイしてもらい「わかりにくいところはないか」と聞いて回った。そして、テストプレイヤーはルールがわかりにくいと感じてもそれを隠すことに気づいた。どういうことか?

 例えば、バンケットには「自分が表にしたカード」という用語が度々登場する。これは「自分の列に並ぶカード」とは意味が異なる。バンケットでは伏せた状態でカードを1枚ずつ出し、それを表にして列に加えると同時に効果を解決する。「表にしたカード」とはその時に表にした各1枚のことだ。しかし度々「表にしたカード」と「列に並ぶカード」を混合してしまう人が現れた。

 この誤解は明らかにややこしい書き方が問題だ。正しいのとややこしくないのとは別の話である。ここからが本題だが、多くの人はこれを「自分が読み間違えてしまった、よく読めば良かった」と考えて問題がある書き方だとは指摘しないのだ。

 なぜなら人は『一見すると単純・簡単なこと』を失敗した時、その原因を自分自身に求めてしまうからだ。実際には、上の用語を最初のプレイで勘違いする人は20%くらいはいたと思う。こういった微妙なデザインの失敗を見つけようとして「何か問題があったら教えて欲しい」と頼んでも意味が無い。では、どうするか?

 簡単な解決法がある。そのデザインを利用している様子を、ただ観察すればいい。上の例ならただ単に説明書だけを渡して、ゲームを知らない人同士でプレイしてもらうのだ。そして、ルールの誤解があったらその部分をメモしておく。他のテストプレイで同じ誤解がもう一度でも出現したなら、それを解消する方法を探すべきかもしれない。ちなみに、バンケットは最後まで「表にしたカード」の代替文を考えていたが思いつかず、仕方なく説明書にこの注意点を補足することにした。

 余談になるが原因を自身に求めてしまうのは、根本的には人が「現象の原因を説明しようと考える」からだ。一見すると簡単そうで間違った理由の上手い説明が思いつかないために、自分自身の不注意や能力のなさによって説明してしまうのである。人は自分が失敗した理由を間違って説明する、失敗した人がいるという事実だけを受け止めよう。