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記録されない99%の時間

人は日常を記録しない。記録するものの多くは小さなハレだ。誰かと旅行をした、誕生日を祝った、ちょっと良い店へ行った。そうした時に人は写真を撮り、ツイッターで呟き、Facebookに投稿する。しかしハレの時間は割合で言えば僅かに1%程度のものでしかない。

多くの時間を人は自室で過ごしたり職場で過ごすだろう、あるいは学生なら教室だ。人生の大半はこうした決まりきった場所で過ぎて行く。しかし、その人生の大半は記録されない。誰も散らかった自室や職場を撮影してアルバムに挟んだりはしない。

 

こうした日常は過ごした人間にとっては、確かに記録するに足らないものだ。しかし、他人のそれは興味深いものである。『たとえ平凡でも人の人生を見るのはおもしろい』*1のだ。

異なる時代や異なる境遇であれば尚更である。自分の祖父母が残した結婚式の記録や集合写真よりも彼らが過ごした日常の風景、仕事場の方が遥かに興味深いのは自分だけだろうか。

そう考えると、こうして日常の雑事について感じたことや思ったことを書き残して行くのも他人にとって案外面白いものになるかもしれない。例え自分が特別な体験をしているわけではないとしてもだ。

 

(学生時代の日記を冒頭部分だけ要約・編集したもの)