奇妙な物語と民俗史、すなわち愛すべきオカルトの紹介

昔からオカルト話が好きである。とはいえ、女性によく好まれるような占いであるとかパワースポットであるとか、そういうものは範囲外だ。

自分が好むのは怪談であり都市伝説であり民俗信仰であり奇妙な事件だ。溺愛しているのは奇妙な物語と民俗史だ。

この説明で膝を打ち感心するのは同好の士だけだろう。そこで例を挙げよう。オカルトと呼ばれるものの中で自分が好むモノのだ。

ちなみに自分が基本的に「見たら呪われる」だとか「怖い画像」だとかの類いは大嫌いなので苦手な人も安心して読み進めてもらっていい。

迷信・疑似科学

201X年、世界は文明に包まれた!科学は進歩し、インフラは積み重なり、全ての迷信が死滅したかのように見えた。だが、疑似科学は死滅していなかった!

如何に現代人が歴史を紐解き古代の風習をあざ笑い「昔の人たちはみんな馬鹿だったんだね」などと言ってみたところで人間の知性自体が大きく進化してきたワケではない。古代と現代を分けるのは積み重なった社会インフラと科学技術だけだ。

Googleで医学や健康に関することを検索すればエビデンスに乏しい記事が一覧に出て、リテラシーに欠ける多くの人々はそれを信じてしまう。

2017年の現代日本で、識字率はほぼ100%、高校への進学率は98%、人々は小型通信端末を自在に操り様々な情報へアクセスすることが出来る。

その文明の申し子の前頭葉から生まれてくるアイディアが妊娠菌であり水素水であり血液型の性格診断である。誰も気など違っていないし無明の人々でもない、普通の人々だ。だからこそ興味深い。彼我との間に大きな差はない。分野が違ったり状況が変わればそういう迷信に陥る可能性は誰にでもある。

今の時代に「運動中は水を飲むな」と指導していれば何を馬鹿な、前時代的な、指導される側が可哀想だ、まったく科学的ではないヤツだ、と後ろ指をさされるだろう。しかし「運動の前にストレッチをしろ」という指導も同様に時代遅れの指導だと言われたらすぐに納得できるかな?

ちなみにストレッチを行うと筋力のパフォーマンスが低下するため動的ストレッチを行うべきだということは最近の研究*1で指摘されている。だが、おそらくこの考えが人口に膾炙するには数十年かかるだろうし生きている間ずっと否定する人間もいるだろう、そう、「運動中に水を飲まない」という知見が上書きされるまでのようにね。

 積み荷信仰

積み荷信仰(カーゴ・カルト)は非常に面白い迷信の例だ。ただし、この信仰が実際に存在していたのかについては根拠に乏しい面もあるので、これ自体が都市伝説だと思って聞いてほしい。ここではわかりやすい例として提示する。 カーゴ・カルト - Wikipedia

概要としては未開の島々に飛行機や船で近代的な西洋人が現れて様々な島の住民にとっては神々が作ったようにしか見えない工業製品を贈ってくれた。西洋人はやがてその島での用事を終えて去って行くが、島の人々は西洋人を神の使いであり神から授かり物を得る方法を知っていたと考えて西洋人の真似をし始めた。

架空の飛行場や港を作り西洋人の真似をして木で作った銃を持って練り歩く。こうすればやがて神々から素晴らしい贈り物を授かるはずだと信じて。

彼らの行動を未開の文明が愚かなことをしていると思うだろうか。しかし我々の世界にも「金持ちの行動を真似すれば自分たちも金持ちになれるはずだ」という本が書店で塔を築いている。

「金持ちは移動でタクシーに乗る、彼らはこうして時間を節約し勉強することで金持ちになったのだ!」というヒューリスティクスな推論と「西洋人は飛行場で銃を持っている、彼らはこうして神々に祈りを捧げ贈り物を得たのだ!」という推論は科学的な検証を経ないという点でも同じ地平に存在する。

架空の飛行場で木の銃を振り回す彼らは真剣であり、神々の贈り物を切望しており、そのためには日々の畑仕事や漁を投げ出してしまう。そこが悲劇的であり、そして興味深い。

フォークロア(伝承/都市伝説)

フォークロア(folklore)とは民俗伝承や都市伝説のことを指す言葉だ。直訳すれば人々の伝承とでもなるだろうか。これは正に自分が好む奇妙な物語と民俗史の代表である。各地に残る妖怪伝説、現代に広まる口裂け女やベッドの下の男、ハンバーガーの肉。

もしも短くメジャーではない都市伝説を大量に読んでみたいのなら、「信じようと信じまいと ロア」は如何だろう。  信じようと、信じまいと―: eWjx0HtbGI

一定の形式で無作為に語られる都市伝説・伝承の一節が2ちゃんねるで投稿されたものだ。論理性や一貫性がないものも多いが、本来の伝承は多くが理不尽でただ奇妙なものである。

信じようと、信じまいと―

フランスの南、カンブレの村にはきれいな水の出る井戸があった。
水量も豊富で、村の人間はそれを長年大変重宝にしていたのだが、
1862年、その水が急に出なくなったので、村人が井戸の底へと下って行くと、
水脈はおろか水脈があった形跡すらなく、ただ石の床があるのみ。彼らは何を汲んでいたのだろうか?

ミーム

もしも、この記事がお気に召したならリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』あるいはリチャード ブロディの『ミーム―心を操るウイルス』も読んでみるといいだろう。内容は一般向けに書かれており前提知識もほとんどなく難しくない。

ドーキンスは生物の行動を「生物の目的は自己を複製し続けること」とする「利己的な遺伝子」論で説明しているが、それを生物以外にも拡張しミームという概念を考えた。 ミーム - Wikipedia

すべての生物が遺伝子の方舟であり、より自分を複製することが出来る遺伝子だけが自然淘汰により残る。何故なら複製に適さない遺伝子は複製できず消えていくからだ。そして生物はより適した形状や性質へと淘汰されていく。獲物を捕まえる爪、数億の子供を作る卵生、交配のあとでメスに食べられるオス。

そして同様に習慣や伝承といった無形の情報も人間という方舟に乗り自己の複製をし続ける存在なのだ。この遺伝情報をミーム(meme)と呼んだ。複製する力が強いミームは後世まで生き残る。例えば「この果物は食べられる」といった情報は役立ち、宿り主の生存率をあげ、他の人間へと優先的に伝えられ、忘れられることがないため後世まで伝えられる。

これは全く宿り主に無益な都市伝説にも当てはまる。都市伝説は複製とより複製されやすい形質へと変化していく。例えば「この話を聞いたあなたにも幽霊がやってくる」という情報は恐怖であり宿り主の意識を差し向ける。「しかし、やってきてもXXXと呪文を唱えれば撃退できる」と言う情報は命に関わる情報であり記憶によく残る。「この話を他の人にすれば自分のところには来ない」という情報は他の人間へ拡散させる力を持つ。 

退屈な話、中途半端な科学風味

これは単なる持論だが、面白いロアあるいは怪談は2種類だ。十分な科学を依り木とするか、完全な神秘を依り木とするか。言い換えよう、中途半端に科学や理論を依り木にしたものはすべて単なる与太話へと堕ちる。

科学を話の根拠としてしまえばそれは科学による反証に耐える必要がある。ポパー以降の時代では反証可能であることこそ科学だ。ピアスの穴を開けたら白い糸が出て引き抜いたら失明してしまった、という話はその白い糸は視神経だったのだと科学風味の論拠を加えてしまっている。故に、解剖学的に視神経はそんなところを通らないと切り捨てられ与太話に成り下がる。

一方で完全な神秘を依り木としたものは科学による反証を許容しない。世界観の前提が「この話は科学による反証を受け付けない」としているのだ。故にこの話は信じることも確かめることもなく、科学という見地から論破して冷めた気分にもならない。いわばフィクションに類するものであると受け手と話者の間に同意がある。

逆に、こういった話を無理に話者が事実であると強調するとそれは反証の余地を生む。事実であると主張するには根拠や証拠が必要であり、それらは反証可能であり何よりも受け手に反感を与える。

「おやまぁ…凄いモノを連れて来たね…」じゃねえんだよ

さて、この話には一切の客観性はない。だがよくよくあなた方に言っておく。霊能者だの霊感のある友人だの除霊だのといった要素が出てくる話は自分に言わせると怪談ではない。超能力バトルとかライトノベルの類いだ。ストーリー類型としても面白さの質としてもバトル漫画のそれだ。

入ってはいけない霊地に遊びで入ったら必ずたまたま霊能力者の身内に警告され、上位の霊能力者が霊と戦い仲間が死んだりしながら、霊の由来を調べて封印したり成仏させる…。そういうのはタブーを破ったらチープトリックに取り憑かれて仲間を呼んでエコーズで攻撃してもらったり機転を効かせてあの世に送り込むのと同じジャンルだ。お前のジャンルは霊能力バトルものだ。モブサイコとかぬ〜べ〜の世界観と同じだ。

勘違いしないでほしい、そういったものは好まないが別に低質だとか下らないと言っているワケじゃない。ジャンルが違うと言っているだけだ。実際、貞子vs伽倻子は名作だった。今ならAmazonPrimeで公開中だ。

奇妙な事件、あるいは単なる事実

前述した通り、面白いロアや怪談とは十分な科学か完全な神秘のどちらかだ。そして正に現実に起きて様々な記録が残っている奇妙な事件とは十分な科学を依り木としたものである。

ここで言う事件とはロズウェル事件やミステリーサークルのような眉唾のものよりも、何方かと言えば裁判の記録が残っているような、普通の人間(この言い方は少し問題があるが…)が起こした事件のことだ。月刊ムー的な話は今回出てこないんだ…すまない…。

つまり、15世紀のスコットランドで旅人を集団で襲ってはその肉を食用として25年もの間暮らしていたソウニービーンズ一家や、映画サイコ、悪魔の生け贄、羊たちの沈黙に影響を与えたシリアルキラーエドゲインの生い立ちや事件のあらすじなどだ。

こういった事件についてはこの二つのサイトが一次資料から丁寧に調査し誠実にまとめていて素晴らしい。グロい画像も登場しないので安心してほしい。
 事件 [ 無限回廊 ]
 殺人博物館

さっき、月刊ムー的な話は範囲外だと言ったが、それでもナスカの地上絵やアンティキティラ島の機械といったオーパーツ(先進的な技術力で作られたとしか思えない古代の遺物)の話や未確認生命体(UMA)の話は興味深いジャンルである。

余談

動物のはなし

オーパーツは実際に現実として何百年もの間存在しているものであるし、未確認生命体についてもそれほど眉唾な話ではないのだ。世の中にはそんな生物がいるワケない!と思われていた動物が実際に存在を確認された例がいくつもあるのだ。

例えばゴリラが想像上の動物から実在する動物へと変わったのは19世紀の話だ。オカピも20世紀になって存在が確認された。シーラカンスは世界で一番有名な古代魚だがその存在が確認されたのはたったの30-40年前に過ぎない。いったい誰が古代の生物が生きているワケがないなどと断言できるだろう? いやネッシーはねつ造だと思うよ流石に。

ところでカモノハシもそんな動物の一つであり、非常に、非常に奇妙な動物だ。誰もこの動物を実物の標本なしに存在を信じたりしなかっただろう。まず、ほ乳類でありながら卵を生む卵生である(ちなみにハリモグラという動物も卵生だ)。

そしてほ乳類でありながら鳥のようなクチバシを持っている。もし仮に死んだ標本が持ち込まれても猿と魚をくっつけた人魚のように、鳥とラッコか何かをくっつけた偽物だと思われるだろう。おまけに、ほ乳類では珍しく人間にも有害なレベルの毒を持っていて攻撃できる。

動物で思い出したが非常に巨大な野生動物、というのもこのカテゴリに含まれるオカルトジャンルだろう。「いったいオカルトって何なんだ…?なんか幅広くない?」と思うかも知れないが気にしては行けない。もっとも日本で有名なのは三毛別羆事件だろうか。もしも試験があれば必ず出題されるだろう。  三毛別羆事件 - Wikipedia

調べてみればヘラジカ(体長3m、体重800kg)、アメリカワニ(体長6m)など色々な巨大生物の例を見ることが出来るだろう。基本的に海洋生物は自重に耐える必要がなく生活環境も広大なため桁違いに大きい。

また一般にベルクマンの法則というものがあり寒冷な地方であるほど恒温動物はそのサイズが大きくなる。ちなみにワニというとみんなは河に住む淡水生物のイメージがあるだろう。しかし、イリエワニのように海水の中で生きている種類もいる。ピーターパンのクック船長を狙って船の周りを泳ぐワニがいるだろう、あれがイリエワニだ。

 

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*1:

Cramer JT, Housh TJ, Johnson GO, Miller JM, Cobum JW, Beck TW (2004) Acute effects of static stretching on peak torque in women. J Strength Cond Res. 18 (2) :236-241.

Nelson AG, Guillory IK, Comwell C, Kokkonen J (2001) Inhibition of maximal voluntary isokinetic torque production following stretching is velocity-specific. J S仕engthCond Res. 15 (2) :241-246.